2017年6月15日木曜日

エンドコンテンツ その3

エンドコンテンツ症候群

1.ある趣味において極限状態に達したが、より高みを望んだりより強い刺激を求めるもののどうやっても満足することが出来ない状態

2.趣味を提供する側が1のようなユーザーの要望に対して何とか答えようとするも、限界に達しているため行き詰ってしまう状態

この二つをまとめて「エンドコンテンツ症候群」と呼んでみることにしてみよう

そもそも「仕事」ではなく「趣味」としている限りは楽しくなければやる価値はない。しかも、同じ趣味に没頭していればこの文明の利器の発達した今日では瞬く間に極限状態に達してしまう。極限状態に達するまでの間はとにかく何をやっても楽しくて仕方がないが、極限状態に達してもその過程で得られたような快感が忘れられず、さらに多くの快感が得たいと感じるものである。
しかし、その趣味を作り出す立場の人間がどれほど努力しようが、極限状態の人を満足させることはできない。時間的・経済的・技術的などの要因によって不可能な域に達してしまう。(もちろん、この極限状態だからこそ、新たな道が開かれることがあるのも確か)

趣味を提供する側の対処法としては、新規顧客の開拓である。年齢層を広げる、今まで興味のなかった人たちを取り込む、海外進出するといった方法で新たな客を開拓する。
しかし、その域に達してしまったユーザー側はどうすればいいか、現実のところ悟るかその趣味を諦めるしかない。悟るとはつまり「足るを知る」ことである。なにか説教臭くなってしまうが現実それしか満足を得る方法がない。

具体的な例として、RPGについて考えてみよう。
RPGの導入は、依頼・巻き込まれ・自発的、基本的にこの3つしかない。例えばコンシューマーゲームでのJRPG的展開ならメインストーリーは巻き込まれ、サブシナリオは依頼、クリア後のおまけダンジョンは自発的、といったパターンにほぼ固まっている。
ゲーム中盤で自発的に行くしかないダンジョンを用意しても「イベントがない無駄なダンジョン」と言われるだろうし、メインシナリオなら「目的地が不明で不親切」と言われかねない。巻き込まれ型のサブイベントはそもそもサブイベントとは言えないか、「ただのメンドクサイ蛇足シナリオ」くらいにしか思われない。
面白いと思える定型から外れたシナリオ構成にしてもユーザーが楽しんでくれないからパターン化されてしまうのであって、JRPGを遊び尽くしたユーザーが「ありきたりのパターンか」と思っても仕方ない。JRPGのシナリオ構造や展開そのものは20年前にはほぼ確立されているし、そこから映像や音声ぐらいしか進展しようがないから新鮮味がないのである。

なお、オンラインRPGは今のところ試行錯誤の段階ではあるが、かなり理想的なところに近づいてきているとは思う。もし、理想的なバランスに到達してしまったら今よりも規模は小さくなってしまうだろうし、場合によっては運営できなくなって存在できなくなるかもしれない。もちろん、その時には新たなジャンルのオンラインゲームが誕生しているだろう。
もしくは、理想的なバランスを理解した上で、意図的にバランスを崩してユーザーの不満を適当に受け流しつつ生き永らえるかだ。

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