2018年3月1日木曜日

ゲーマーと効率の要素

 「楽して得をしたい」というのはゲーマーだけでなく、人類どころかあらゆる生物が元々持っている本能そのものらしく、効率を求めることは真に「楽して得をしたい」という欲求を満たす自然な行為じゃないでしょうか。

 この要素を好むゲーマーには極端に言えば2タイプおり、「試行錯誤をして最適解を導き出すのが楽しい人」と「導き出された最適解を正確にこなして、自分が正しい選択肢を選んでいることに満足する人」がいます。両方を持ち合わせた人はいいのですが、どちらかに偏ってしまった人はもう片方の考え方を理解できなくなってしまうのが困りものです。
 いずれにしても、答えが出てしまうと作業化してそのゲームに飽きてしまうため、この要素が高いゲームは次々と新たな効率要素(ルールやデータ)を追加して飽きさせない必要があります。対CPU戦がメインのオンラインRPGなどはこれそのものであり、商品の消耗が激しい致命的な欠点があります。また、ルールが複雑化するために新規参入しにくくなり、ゲームを提供する側が努力しないとそのゲーム自体の衰退につながりやすい問題も抱えています。ボードゲームやTRPGなどでもアメリカのゲームはどちらかというとこの要素が高い気がします。
 効率の要素のゲーム寿命を長くするには運の要素を絡ませることで最適解を見つけにくくするという方法もあるのですが、後者のタイプの人(どちらかというとこの要素を好む人の多数派なのかも)にとって運の要素は邪魔としか感じないのが悩ましい所です。

 また、この要素は人間よりも圧倒的にAIの方が得意な分野であり、今では人間はAIに勝つことはできないでしょう。どんなゲームでも規則的なルールがある限り、それに対応したAIが作られればすぐに最適解は見つかってしまうような気がします。

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