2021年1月28日木曜日

剣と魔法のファンタジーはアニメと相性が悪い

 前々から感じていたのですが、どうも剣と魔法のファンタジーはアニメと相性が悪い気がしてなりません。

 剣と魔法のファンタジーは世界観がリアルとかけ離れている為、世界観の説明を十分にしないと視聴者がその世界観を楽しむことが出来ません。さもなければありきたりのゲーム世界のようなありがちな世界観か、世界観の説明に時間を取られて物語が淡白なものどちらかになってしまいます。

 怪物一つとっても、剣と魔法のファンタジーのゲームの場合はゴブリンがいて、スライムがいて、ドラゴンがいて…という世界観でも良いのですが、アニメのような作品となると鬼滅の刃の「鬼」や進撃の巨人の「巨人」のように一つの怪物を焦点に当てて深掘りしないと物語が薄味なものになってしまいます。(逆にゲームで特定の種族に絞ったら同一種族としてもかなり変化をつけないとすぐに飽きてしまう可能性が出てきます。)

 小説の場合はキャラクターのセリフ以外に状況描写や世界観の解説といった部分にページをとれるので問題は少なく、漫画は文字の羅列をせずに自然に漫画内で世界観を説明するには時間がかかると思います。

2021年1月26日火曜日

生なごやん

  ここ1か月ほど温室内での座り仕事が続いたため朝から晩までラジオを聞いていたのですが、毎日のように生なごやんの話が出てくるので流行に乗っかるのは癪に障るが一度は食べてみないと、と嫁さんに近所のスーパーで買ってきてもらって食べたのですが、普通に美味しかったです。

 なごやんの親戚なのでパッケージがやや安っぽいのですが、味は十分手土産に通用する代物だと思います。

 名古屋土産にぜひどうぞ。(県外でも売っているらしいですが)

2021年1月24日日曜日

モンスターメーカーRPG ホリィアックス

  ヒョイとしたことで思い出したシステム。実は自分がTRPGを始めて買ったのがこのルールブックで、平成4年6月に出版されたものなのですね(手持ちのは再販で同年10月のもの)。

 このシステムはダイスを振ってキャラクターを作成・成長することもあってキャラクター間のバランスはあまりよろしくなくルール的にも粗があるので、ガチなゲームとしては全く適していないのですが手軽に遊べるシステムなのでTRPG初心者向けだとは思います。ルール自体は比較的単純なので、バランス調整はグループ内で好みにいじって遊んでも良いかなとは思います。


 このシステムには「ウルフレンドの冒険」というリプレイ本も出版されています。GMもプレイヤーたちも非常に楽しんでいるためこのリプレイのようなプレイにあこがれた人も多く、個人的にもお気に入りのリプレイで多分リプレイの中では一番読み直したと思います。

 しかし、このリプレイのPL達は本当に自由気ままにプレイしているのでPLとしての参考にされるとGMサイドとしては困ってしまいます。GMの手腕とPL達がばらばらになった時のまとめ役のPLがいてはじめて成り立っているのです。

2021年1月20日水曜日

科学的根拠

  科学的根拠があるに越したことはないしかなり多くの事が科学的証明されてきているけれど、仕事柄生物を扱っている身としてはまだまだ科学的証明がされていないけれど調べれば科学的に意味のあるであろう事象に遭遇します。

 でも時間がかかるという事と現代の生物学の研究の流行から外れているので、誰も調べる事無くその事象自体が忘れ去られていく事の方が多そうです

2021年1月15日金曜日

GM・PLの視点とプレイスタイル

  PLの視点同様に、GMの視点の違いがTRPGのゲームの性質に大きく関与していると考えられます。

 先日ある方がツィッターでGMのどこが楽しいのかをアンケートしていました。結果、一番多かった選択肢が「このシナリオが楽しいからみんなも楽しんで欲しい」というもの。

 現在オンラインセッションではGMがPLを募集して選ぶというスタイルをとっている場合が多くなっています。特に「自分の作ったシナリオ」を楽しんでもらうという形になると、GMの視点は神様視点ではなく、シナリオ視点という事になります。神様視点の場合でのシナリオの立場はPLを楽しませるための小道具なのですが、シナリオ視点でのシナリオはGMの作品そのものになります。自作シナリオを公開したものを他人がGMをする際にシナリオを改変して遊んだらシナリオ製作者が激怒した、みたいな話になってしまうのはシナリオ製作者にとってシナリオを自分の作品だと考えているからです。


 「GMはシナリオ視点・PLは神様視点」という構図となると美術展のようなもので、従来の「GMは神様視点・PLはキャラクター視点」という構図の体験型アトラクションとは全く別物だということになります。なお、「GMはシナリオ視点・PLはキャラクター視点」ですと子供のごっこ遊びのように物語の主導権争いが起きてしまいがちです。一方で「GM・PL共に神様視点」ですとドライ過ぎて物語は盛り上がり難いですがボードゲーム的なデータゲームではあり得ます。

 「GMはシナリオ視点・PLはキャラクター視点」以外の形であればTRPGとして成り立ちますので、実際のプレイでは明確に区別できないものの、どのプレイスタイル傾向なのかお互いに認識しているとよりスムーズに遊べるのではないかと思います。


 ちなみに今まで自分がGMならば神様視点が良いと考えていたのは野良卓でどのタイプのPLが参加しても対応できるからで、GMが自分の都合の良いPLを選べるなら神様視点である必要がなかったということです。

2021年1月12日火曜日

PLの視点とシナリオの分岐法

  昨日の話の続きですが、シナリオを分岐させたい場合にPLの視点の違いによって適したシナリオの分岐の方法が違うのではないかと思いました。

 キャラクター視点の場合、シナリオの分岐はキャラクターの意思決定によって行われることが良いと考えられます。神様視点の場合のシナリオの分岐は、キャラクターの行動結果によって分岐する方が良いと考えられます。


 キャラクター視点の場合はキャラクターの意思決定=PLの意思決定なので、PLが選んだという事になります。神様視点の場合はキャラクターの取るべき行動はキャラクター設定の時点で大体決まっているので、PLが選ばなくてもやるべきことは決まっています。むしろその選択肢はキャラクターの性格に反した行動をPLにさせるのか、という事になりかねません。

 一方で、キャラクターの行動結果によって分岐というのはキャラクターの意思に関係なく分岐する事になるので、キャラクター視点の場合は不満が出てしまう可能性が高くなります。しかし、神様視点の場合にはキャラクターの設定を壊すことなく物語を分岐させることが可能です。


 状況によってはこの2つの分岐方法がほぼ同じになる事もあるでしょうが、意識的にキャラクターの意思によるものなのか、キャラクターの行動結果によるものなのかを分けて演出したほうがPLを楽しませることが出来るのではないかと思います。もっとも、展開が分岐する必要があるかというとそうでもないので、あくまで「分岐させる場合は」の話です。

2021年1月11日月曜日

中華まんとRPG

 キャラクター視点でシナリオを楽しむRPGと神様視点でストーリーを楽しむRPGというのは、中華まんにおける肉まんとあんまんくらい別の代物なので手に取る前に肉まんかあんまんなのかを明示しておいた方が良いのではないかと思います。たとえとても美味しいあんまんでも肉まんを食べるつもりで齧り付いたら甘かったでは美味しいと感じられません。

 おそらくほとんどのRPGではPLの視点がキャラクター視点なのか神様視点なのか曖昧になっていて、場合によっては同じゲームをしているのにあっちこっちに視点が移動する場合や、人によって感じている視点が違うために違和感を感じるという事が起きているような気がします。キャラクター視点なのか神様視点なのかによってシナリオの作り方も違いますし、マスタリングの仕方も全く違います。根本的にシステムによっても向き不向きがあります。視点の変化を上手く処理できれば良いのですが、簡単とは言えないでしょう。

 これはCRPGでも良く発生しそうです。CRPGの場合はその商品のセールスポイントとして、キャラクターになりきって遊ぶRPGなのか、用意された物語を楽しむRPGなのかをはっきり明示して売らないと、ゲームの出来の善し悪しに関係なく思っていた商品と違うという事になりかねません。

2021年1月7日木曜日

不確実性の回避とゲームバランス

  日本人は不確実性の回避を望む性質があるということは、体感的に思っていましたがどうも統計的にでているようです。

 「固定値は正義」という言葉もそうですし、何かと「運ゲー」と言ってしまったり、リスクマネジメントが苦手な事もそれが原因でしょう。結果的に不確実性の回避という国民性がゲームバランス自体に影響を及ぼしてしまいます。

 不確実性の回避という性質によって、アメリカでバランスが良いとされているゲームが日本に持ってくると運要素の強いバランスの悪いゲームと感じてしまうわけです。逆に日本人の好みのバランスをアメリカに持っていくと、面白みのないゲームに感じられると思われます。海外に進出しようと思う場合は、その性質も考慮した上でバランスを構築しないと評価されない可能性が高いです。


  ワクチンの開発や接種が遅れがちなのはこの不確実性の回避が原因でしょうね。ワクチンには一定のリスクが伴うので、その効果よりもリスクを恐れてなかなか進まないという事です。


2021年1月5日火曜日

よくよく考えると…

 トーキョーN◎VAやトーキョーナイトメアの場合、通常の行為判定は行動に対する成否判定を行っています(行動に成功したからと言って望む結果が得られるとは限らない)が、神業は結果に対する成否判定(打ち消されなければ望む結果が得られる)という処理をしており、1つのシステム内に両方の判定処理法がある事が判ります。

 このように判定処理法が混在しているシステムの場合、両方をごちゃ混ぜにしてしまう可能性は考えられます。行動に対する成否判定をしている時は必ず結果が確定した後で演出しないとみっともない事が起きてしまいます。

2021年1月3日日曜日

ナラティブ系TRPGに対する新たな個人的見解

 前にも書いた事がありますが、演出重視のプレイスタイルとしても、キャラクタープレイ重視なのかストーリー重視なのかはあらかじめゲームする前に全員で確認しておかないとトラブルの原因になります。

 なお、ナラティブ系と言われるのはこのストーリー重視のプレイスタイルの事だと自分は認識しています。

 キャラクタープレイ重視とストーリー重視が大きく異なるのはPLの視点の違いです。キャラクタープレイ重視の場合、PLの視点は自分のPCです。ストーリー重視の場合はゲームの外側、つまり神様視点になります。

 一方でGMは基本的に神様視点でなければいけない…と今まで考えてきましたが、もしかしたらこれはPLがPC視点の場合に限られるような気がしてきました。PLがPC視点の場合にGMがシナリオやNPCに感情移入してしまうとPCがPLの思い通りに行動できなくなって不満が溜まってしまう可能性が高いためですが、PLが神様視点の場合ですとPCがPLの思い通りに動く事よりストーリー自体が面白くなる事の方が優先されるため、GMはNPCを駒として扱うより感情移入した方が物語が盛り上がる可能性があるからです。

 このストーリーを重視する場合は従来とは全く違う手法として、PLはPCにどのように行動をさせてどのような結果を望むのか、という判定法も考えられます。行動に対する成否判定ではなく、結果に対する成否判定を行うという形になります。PCはGMが用意した舞台にPLが持ち込んだ駒であり、その活躍は良い物語を創るための手段に過ぎないと割り切るわけです。


 そもそもナラティブ系TRPGが認知されてきたのはコンピュータゲームのJRPGの影響が大きい気がします。JRPGと言われるジャンルはまさにナラティブ系で、操作しているキャラクターすら(戦闘中などを除いて)PLの思い通りに動かないのですがストーリー自体が良ければRPGの作品としてOKという事になっているからです。

2021年1月1日金曜日

暇な正月

  今年の正月は兄も帰ってこないし、友人たちと集まる予定もないのでやや暇。

 せっかく今日は休みにしているので息子と2人で『パンデミック:クトゥルフの呼び声』で遊ぶ。まだ何度かしか遊んだことないですが、今回は難易度標準でクリアできました。何回かに1度はクリアできるみたいなので無茶な難易度ではないようです。